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なぜマルコスは埋葬されたのか?マルコス一家とドゥテルテは親友だった?フィリピン国民の声を現地から

投稿日:2016年12月2日 更新日:

現在フィリピンではマルコスを英雄墓地に埋葬するかしないかでフィリピン国内はもめています。結局11月18日に埋葬は裁判所で決定されましたが、今現在もデモ活動などマルコス埋葬反対運動が各地で見られます。 これはドゥテルテ政権になって急にこの話が進みました。マルコス埋葬とドゥテルテ大統領、そこには繋がりが実はありました。

ドゥテルテとマルコス一家の関係のことはこの記事の最後にあります!

 

そもそもマルコスって誰??

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1965年から1986年まで約20年もの間大統領を務めたマルコス前大統領。彼の政権は完全なる独裁政権で有名なMartial Law(戒厳令)をフィリピン全土に敷きました。Martial Law簡単に言うと国が定めた法律というものがほぼ機能させない状態で軍事力でもって国を警備するということ。しかしこのマルコス政権のMartial Lawは完全な独裁政権、独裁政権にして権力を維持していくという考えのもと置かれた法律でした。

 

マルコス大統領の実績

1966年~1971年の5年間で7.2%もあった失業率を5.2%に減少。国内産業の工業化。アメリカ、EU、日本と貿易の自由化。これによりフィリピン経済はかなり成長しました。また、共産主義国家(ソ連、中国など)から支援を受けていた共産党、モロ人に対して軍事で対抗。 同時にアメリカを親密な関係を築く。実は日本にとっては少し都合のいい大統領で日本が戦時中にしたことを許し、その代わりに日本に経済の支援などを要求。このマルコス政権の時に日本とフィリピンは仲直りしたとも言えます。(しかしこれは国民の反対を押し切って結構強引に行ったそう)

ちなみに当時のフィリピンの大統領は4年が任期期間で次の選挙に再選すれば最長で8年間大統領でいられます。現在は任期は6年で再選は禁止されています。

 

Martial Law(戒厳令)

学生による暴動の増加や、新人民軍(NPA/new people’s army)によるテロ(フィリピンの共産主義の団体)、これらを共産主義脅威をして1972年9月21日にフィリピン全土にMartial Lawを布告した。この頃からマルコスの独裁政権が始まります。 翌年の1973年には大統領と首相の兼任を認めさせ、1976年にマルコス独裁政権は「国家を守る!」を主張し、フィリピン経済を支配してきた華僑の特権階級を没収し、貧しい人々に特権を与えようとした。現実はマルコスの一族のみだった。これをフィリピンではクロニー資本主義(取り巻き資本主義)と言われている。

ちなみに1973年、日本への通商拡大を狙い、日比友好商航海条約(60年調印)を推進。これによりフィリピンからの反日が一気に好転し日本にとっては都合のいいことに。

 

picture by says.com

1981年ついにMartial Lawはストップします。11年ぶりの選挙で再選し、また新たに6年の任期を得ました。(これもまた汚染しまくった選挙だったらしいです)1983年アメリカへ病気の治療に行っていた(ほぼ追放された)アキノが帰国します。これはかなり有名ですがアキノはマニラ空港に着いて、飛行機の階段を下りている途中で暗殺されしまいます。       アキノ暗殺動画  これがきっかけとなり反マルコス運動が活発になります。

 

1986年2月7日の大統領選で暗殺されたアキノの婦人コラソン・アキノがマルコスに80万票差で勝利。しかし公式記録は160万票差でマルコスが勝利したとして発表。もちろん開票操作です。これにより連野党連合、カトリック教会、国民、アメリカさえも反発。2月22日にマニラのエドゥサ通りを埋め、2月25日コラソン・アキノ大統領宣誓をしマルコスはヘリコプターでマニラ外に行くと見せかけハワイに亡命した。 そして1986年にハワイ・ホノルルにて病死した。

エドゥサ革命の写真

picture by pinterest.com

 

なぜドゥテルテ政権になって急にマルコス英雄墓地埋葬を決めたのか?

ドゥテルテ大統領の父は1965年~1968年のマルコス政権の最初の3年間、マルコス政権の元で活躍していました。ドゥテルテはマルコスに対してもかなり尊敬しているようでマルコスのような政権を目指してそれをいつか超えるような国家を築きたいと言っています。(Martial Lawは否定してるので今のところ独裁国家になる心配はありません。)          また、ドゥテルテ自身はマルコスファミリーとかなり深い関わりがあり、マルコスの娘アイミー・マルコスはドゥテルテの大統領選の時にサポートし、特に金銭面でドゥテルテをサポートしていたそうです。ドゥテルテ本人もマルコスファミリーとは切っても切れない縁があることを認めています。

これは私とフィリピン大学の友達の考えですが、おそらくドゥテルテの大統領選の時に「もしドゥテルテが大統領に当選したらマルコスを英雄墓地に埋葬する。その代り大統領選をサポートする」という何かが裏であったのでしょう。

 

ちなみにこちらがセブでも頻繁に行われているマルコス埋葬の反対運動です。

 

 

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