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0から始まったフィリピン留学・1編「大学を中退」~

いつもササセブを見ていただいてありがとうございます。ご存知の方もいるかと思いますがササセブの管理人である 久住 献(クスミ ササグ)は現在セブ島の大学に通う大学生。私自身も大学に入学する前はセブの語学学校で語学留学をしていました。今回は”英語力0”だった私がどのようにしてセブの大学入学まで至ったか。といったセブ島に留学を考えている方、セブの大学に進学予定の方むけに私の留学ストーリーを何編かに分けて送りしていきたいと思います。

 

0から始まったフィリピン留学・大学を中退

11月30日、大学を中退した。

理由は、逃げだった。自分の言い訳としては、、、当時、医療系の大学で学んでおり、病院実習に行った時に、将来自分がここ(医療現場)で自分の人生を捧げていくことが自分には無理だと思ってしまった。高校の時、サッカーをしていてケガを繰り返し、理学療法士にお世話になっていたことが、自分が医療の現場で生きていこうと思った切っ掛けだった。

 

「誰かのために働く仕事。素晴らしいじゃないか」しかし、1年後の自分は、「誰かのために働く仕事。自分の人生はそれでいいのか?」と変わってしまった。

 

学費はもちろん親が全部出していた。誰も自分の2年後のことも分からない。だが自分は3年後自分が病院で働いている姿を想像し、無理だと思ってしまった。

 

今なら言える。たとえ将来が分からなくても、無理だと思っても継続していれば、出会い、偶然、気合でなんだっていい方向に変わる(全てではないが)。何も成し遂げたことがない自分は継続することの重要さを知る前にキレイごとの言葉を残してその場を逃げて行った。

 

0から始まったフィリピン留学・アパレル時代

大学を中退後、大学時代からバイトをしていた大手のアパレルブランドで働くことにした。アパレルで食っていこうと思ったこともある。服、靴(主にスニーカー)の知識は同世代の誰よりもある自信があった。スニーカーは60足以上あった。クローゼットは閉まらなかった。毎日服の話をした。

 

「今日の服、どこのブランド?」、給料のほとんどを服に費やす洋服バカ(良い意味で捉えてほしい)と一緒に働いて充実していた。たまにミスも犯して客にキレられたこともあるが、、、。

 

アパレル時代の生活は大体週5,6働いて1,2日の休み。休みは固定ではない。休みの日は寝るか、買い物(服かスニーカー)。仕事が終わったら時々、先輩とラーメンか飲みに行く。自分は一番若かったので大体奢ってもらった。会話は服かスニーカーの話がメインだ。好きなことをやって生きていたと思う。しかし将来の不安だってあった。このままこんな人生を続けていくのかという葛藤にさすがにバカな自分も考えていた。

親にはアパレルで生きると言っていた。

 

休みの日、何も予定がない日、自分のアパートから出ずにずっと寝ている日もあった。シリアルを1日で食べつくし、自分の60足以上のスニーカーを見上げ、3時から4時くらいに放送されている古いドラマを観ながらぼーっとする時間。こんなことをしているのがもったいないことは分かっていた。

 

自分はなんのために大学を辞めたのか。親は何のために自分の学費を出したのか。そう考えながら、心がムシャクシャしながら、シリアルを食べ続けた。涙は流していない。だが自分の心は将来何をしたらいいのか、そのプレッシャーで泣いていた。

 

0から始まったフィリピン留学・ガソリンスタンド

ある日、前のバイト先の親友とドラブに出かけた。ちなみにこの親友は中学か高校の時にいきなりニュージーランドに留学に行き、飛び級して17歳で海外の高校を卒業した天才だ。現在その親友は日本でビジネスをする自分の密かな目標でありライバルでもある。

 

そんな親友とドライブに出かけた。ガソリンスタンドで給油中に自分はそいつに自分が大学を辞めたこと、自分の将来のことを話した。

 

親友は「留学でもしたら?」と言ってきた。(もちろん親友が言ってきたのはその一言だけではない。他にも結構いいことを言ってくれた。親友が英語がペラペラなのは知っていた。時々、自分に英語で話しかけ自慢してくるからだ。いつかこいつみたいになりたいとは思っていた。)

 

親友の一言に自分は何故か迷いわなかった。

 

「留学か~オレ、まだなんも将来したいことないし、英語喋れたらなんかプラスになりそうだしな~。留学すっか~!」そんな感じで自分は留学することを決めた。

 

細かく説明するとそんな感じではない。中学・高校の英語の成績は底辺。Be動詞の授業を中1の時に聞いていなかったので、中高の6年間の英語の授業はなんなのか分からず終わっていた。知っている単語はスニーカーくらいだ。(スペルは分からない)海外も中学の時に家族旅行で親戚がいるチェコに遊びに行ったことがあるくらい。映画はいつも吹き替えだ。恐怖はかなりあった。外国なんて自分からしたら第2の地球。しかし、自分の将来を見つける糸口にはなりそうだし、英語を喋れたら将来得にはなると思った。

 

自分は人生最大決心を、親友の車が給油されている時に決めた。ガソリン代は自分が払った。(決めた瞬間はすでにガソリンスタンドを離れた後だった)

 

0から始まったフィリピン留学・メルカリで服を売る

ガソリンスタンドでの親友の一言により自分は留学することを決心した。しかし、実は決心する前から留学という言葉は自分の中にあった。なので行き場所も決心してからすぐに決まった。

 

フィリピンだ。

 

妹が高校の時にフィリピンに語学留学しており、その存在は知っていた。安く留学できる場所フィリピン。このくらいだ。妹がフィリピンのどこに留学していたかは分からないが自然と行先はセブになった。

 

「観光地っぽいらしい。マニラは危ないってきたことがあるから安全そうなセブがいいな。セブ島留学。名前もなんかかっこいい。セブ行くか!!」

こんな感じでセブに決めた。正直な話、バギオやクラークにも語学学校があるが自分はセブ以外は検索していなかった。

 

ガソリンスタンドの夜の次の日にグーグルで、セブ島留学と検索した。まず見たのは学費だった。意外と思っていたよりかは高かった。服ばかり買っていた自分は貯金が全くなかった。アメリカと比べると確かに安い、しかもマンツーマン授業がある。(マンツーマン授業は当日まで緊張した)「自分は英語が全くできないから半年くらい留学しよう。学費、、、、。6か月で約90万、、、。

 

貯金しよう!スニーカーを売ろう!!

 

セブ島留学を決意して自分が愛してやまないスニーカー達を売ることを決意した。メルカリで。服も売った。メルカリで。服を詰めまくって原チャに乗って近くにあるセカンドストリートへ何往復もした。値段交渉も何回もした。1円でも高く、自分が愛してきた服たちを買ってほしい。セブ島留学のために。

その月からスニーカーを買うのもやめた。外食も控えた。だが留学するまでスニーカーは限定商品と激レアコラボを2足だけ買った。社割で。

 

 

次回、第2編は0から始まったフィリピン留学・初めての自習からお送りします。

 

 

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